環境建設の粉飾  

 

 環境建設株式会社

東京証2部 平成16年4月29日 上場廃止


環境建設倒産までの経緯

平成16年4月14日東京地裁に自己破産申請。
バブル汚染企業として最長期間生き延びた事例。

昭和23年大和工業株式会社として設立、石原建設を経て、平成12年4月環境建設に社名変更、昭和37年東京証券取引所2部上場。
平成2年12月鉄骨加工業者共和の倒産により、経営危機が表面化。
バブル時の処理をし続けながら、平成4年ミサワグループの傘下に入り、支援を受け、再建に乗り出した。
銀行からの借入金は減ったが、ミサワグループからの借入金も増え、ミサワグループの支援を前面に受けて再建していた。ところが、ミサワ自体の経営が悪化し、三沢社長の引退もあり、援助の継続が困難となった。銀行から、ミサワからの援助が受けられないことで倒産するしかなかった。
  

環境建設の粉飾

バブル崩壊後、時間がたつにつれ、含み損、貸倒増加、債務保証損失の増加。
開示情報の不明朗。